2006年03月29日

これってある種一本道なのかしら〜アンティーク道〜

先日このブログでも紹介したすんばらしいホワイトワークのハンカチなのですが、確かにこれまでのまだ短いアンティーク人生の中で私が見て来た品々でも、究極のミクロの世界でありました。
その時も「レース見続けてると目が顕微鏡になりますよね〜」とか、エンジェルコレクションの坂崎さんと語り合ったものですが、確かにこれは本当のようで、しかもそのミクロの世界にどんどん慣れていってしまうんですよね…。

そのすんばらしいハンカチ(何が何でも買っておくんだった)には及ばないけど、数カ月前に坂崎さんから購入したペチコートも、なかなかいい具合にミクロです↓(画像借用いたしましたすみません)。
ペチコート

…んで、一度ミクロの世界を味わってしまうと、もう戻れないというかなんというか。.
.
昨年引き蘢っていたせいで、あれ程はまっていた海外サイトからのアンティーク直買。
しかし、あのハンカチが忘れられず、あれ程でなくてもいいから素晴らしいホワイトワークがないかとまたぞろサイト漁り。
…でもやっぱそうそうあるもんじゃないんですよね、すごい品なんて。最近次のターゲット(学習目標)が決まってそっちは何点か見つけたけど、とりあえず今は一点も持ってない状況なので、画像だけで買うのは危険なのでパス。
そして、ホワイトワークの商品を見つける度に「superbだのamagingだの書いてあっても、私が持ってるホワイトワークの最下層にすら及ばんわ!(←去年はナイトドレスばかり5着くらい入手するほど本当に散在しまくったのです)」とかいちいち悪態ついていたんですが。
…ふと気付いたんですよね。

確かにミクロの世界に達する程のハンドメイドのホワイトワークは素晴らしい。
でも同時に、アンティークにはまったばかりの頃ならため息ついてたような、大振りだけどすごい仕事量の品まで「すごい大味だ」とか思ってるのは、果たしていかがなものかと(まあその時見つけたのがテーブルクロスだったんで、大振りなのは仕方ないかと)。
大振りなモチーフのハンドメイドの品にはそれはそれの美しさがあって、別の意味での繊細さを目の前に披露してくれます。布のほぼ全面に渡って編み上げた一枚の巨大な絵画というかレースというかな味わいがあったりするのですよ。そうした優れた大振りの品は、小さい面積の中にどれだけの細工を詰め込むかという世界とは対極にあって、どちらが優れているとかそういうものじゃないと思うのですよ。

なのに私は最近、目を対ミクロ仕様にしたままレンズ調整をしていなかったようです。
反省。(でもやっぱあのハンカチは欲しかった…)


ちなみに目がミクロになるのはレースやホワイトワークに対してだけじゃなくて、他のものに対してもそうなんですよね。始末の杜撰さとかに目が行っちゃって、とうとう新品服とかそうそう買えなくなってしまったんだけど、その点、ミリタリウェア(放出品)は目のバランス取るのにいいアイテムです。特にUS軍(笑)。「いろんな意味で丈夫だが造りがラフで、しかも超汚い修繕が施されてたりする」とか割り切れてるので、それの造りを眺めてるうちにだんだん実物大の目に戻ってきます笑。

んで、ジュエリーに関しても、すごい作品からお粗末な作品まで色々見てるうちに、造りがいまいちラフな物に対して違和感感じるようになって来るというか(そしてだんだん本格的に素晴らしい作品にしか魅力を感じなくなっていくという)。
だから現代ジュエリーってどれも大味に見えてしまうんですよ。あえてラフに仕上げた感じのデザイナーズ物でも、そのラフさが半端な出来だとかえって苛つく。ま、ジュエリーなんぞ、ただ生きるのには基本的に無駄なものだし(いやレースもそうですが)、そもそもさほど関心が無いので別に構わないのですが。時たま運命のように惹き付けられるアンティークと出会えれば。
だから個人的には『けものみち』の内容で一番あってはならないと思ったのは、「ジュエリーデザイナーを目指していた米倉が先に見据えていたものが常に高級現代ジュエリー」という描写でした笑。せめてアンティークジュエリーの図録くらい集めてろと笑(他のトンデモ加減はファンサービスだと思ってるので問題なし)。


............ここから先は、マニア道も山あり谷ありだなあと思った近況なので、不快なものを読みたくない人は読まずにスルーして下さい。んで、特定の相手を非難するつもりは全くないです。...................


それはそうと、とある店にあったエドワーディアンのパールネックレスに、私はずっと魅了されておりました。色々見るに従って、全体のデザインのバランスについては段々不満が出て来たのですが、使われてたバロックパールがとにかく凄かった。なんていうか、物凄い深いところから自らのまわりに光をまとっているように見えた。なんつうか、生き物のようなぬめりのあるパールでした。でも金額高いので、いつかお金をためて余り無理なく買える時まで残っているように、日々祈っておりました。
居心地の良さがかなり気に入っていて、よくその店には入り浸っていたこともあって、そんな話もオーナーさんに話したりしておりました。

んで、まあ生活は特に代わり映えもないのですが、バイト仕事でたまたま少し纏まったお金が入るらしい予定だったので、そのいくらかを頭金にすれば無金利分割が可能かな、という可能性が見えてきたのですよ。
何しろ去年アンティーク浪費をし過ぎて自粛中なので(笑)、時期尚早かな、とは思ったのですが、他にライバルが出てきそうな状況だと聞いたし、「どうせ超ヒキーで、過去交際費として出てたお金がアンティーク代になるだけだし」という気持ちが背中を押して、仮予約をしておりました。
しかし。
なんでも色々な手違いから、そのお客に現在ライバル無しとしてその品を勧めてしまったとかいう連絡を受け、そして私のバイト仕事状況も、いろんな事情で各種決定が遅れておりました。そのショップさんのことは気に入っていたので、そんな曖昧な自分の状況で迷惑をかけるわけにもいかん、と思い、当時の状況が曖昧なことを説明した上で「もしその方が実物を見て、そちらにご縁がありそうだったら、こちらの方は気にしなくていいです」と答えておきました。

それも、アンティークとの出会いや購入できるかどうかは、作品との相性とか自分の現状とか全部を合わせた上での縁だと思ったからです。
パール自体はすごく好きだったので、他の人で決まっちゃったらマジ残念だけど、その場合は私とは縁の無い巡り合わせだったんだ、と思ったからです。そんな中で無理して私がキープするより、その作品を本当に気に入って、たまたますぐに買える人の許に行く方が、作品も幸せなんじゃないかと。
この決断自体には別に後悔はしてませんし、そう間違った考え方じゃないだろうと、今でも思っています。

それからオーナーさんが買い付けに出かけてしまったので、しばらくお店には行っていなかったのですが、買い付けから戻ってきたという情報をメルマガとかで知り、とりあえずうpされてた買い付け品画像を見ることができました。何でもいいから何か欲しいとはそもそも思っていませんし、ただ単にいろいろ売れちゃう前に作品たちを見たいなーと思いました。
ちょっと気になった作品(リング)も既に予約済だったので、売れちゃう前に拝見したい旨を伝えたところ、まだ商品出しのクリンナップから戻ってないとのこと。何でも、色々細かいことでご本人も超多忙らしい。
そうこうしている間にも、とりあえずリストにはどんどんSOLDの文字がついていくので、ある日リングは後日でもいいから作品たちを見に行きたいことを伝えたところ、忙しいので遠慮してほしい旨(開店時間内なのに)を非常に遠回しに伝えられました。

……その間に購入してる人たちが店に行くのはオケーなわけですか。
つか、パールの優先権を譲ったことで(結局後の人の手に渡ることに決まったらしい)、「購買能力の無い、時間を割く価値のない客」に格下げですか。

アンティーク好きの人たちのサイトで、「経済力の無い若い時分にいいオーナーさんと巡り合って、作品の見方やいろんな知識を教わったり、どうしても欲しい作品をがんがって買うための助力もしてもらったりして、それからも長い良い付き合いをしている」、というようなエピソードをよく読みます。それらを読んで、それはすごく幸せな出会いだと思うし、私も相性の合うオーナーさんと出会って、長く良いおつき合いができるような客でありたいな、と思っていました。

私はそちらのショップさんとは長いおつき合いをしたいと思っていました。本気で気に入る作品も比較的趣味が合うし、こんな購買力の弱い私のような客に対しても「お客さんたちとのお付き合いの中で、将来的にアンティークの価値を理解してくれるお客さんになってくれるよう、一緒に勉強していきたいんですよ」と語り、フランクな中にもとても丁寧な物腰にも好感を持っておりましたので。

や、実際のところ商売なので、買える客がいい客だっていうのは、まあそうだろうとは思うのですよ。
しかし、人様に過剰な期待はかけないようにつとめているとはいえ、ある種「美」を扱う仕事をしている方への印象として、このボミョーなショックはヒキーな自分の過敏な反応なんだと思いたいです。
マジでその日は忙しかっただけで、自分が客としてアレなランク付けされたわけじゃないと信じたいです。


でもアンティークジュエリーって、価格でいうと上限が無いような世界で、大金が動く世界なわけで、大金が動くところは必ずどろどろした一面がある。
実際、いろんなオーナーさんと顔見知りになっちゃったことで、色々な噂話しを耳にすることも時たまあるようになったし、その真偽はともかく、他のどの職業と同じように、綺麗なばかりの世界じゃない事実もちょっぴり垣間見ちゃった気がしたし。あうう。


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ま、愚痴はそんなとこですが。
人間の生々しい部分にいちいち疲れて(ヒキーなので)、アンティーク道つうある意味時間の止まったような世界に逃げ込んだ部分を自覚しているので、できればそういう部分は見ずにこの世界と付き合っていきたいんなあ、というのが私の願いです。甘いかもしれないけど、そのくらいは現実逃避できる場所が欲しい。

…だって思うところはどうあれ、アンティーク道は一度迷い込んだら抜けだせない道(←米倉の声で)のようなので、どうせなら楽しくいきたいつうか。


posted by deco at 22:48| Comment(0) | TrackBack(0) | アンティーク関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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