2006年06月11日

今日こそ全部観れた!◇『プラトーン』というよりデフォー

でもウィレム・デフォーのシーンしかまともに見ず、結局まだ仕事やってた最弱なわたくし。

つか、これもビデオで持ってるんだからいつだって観れるのに、TV放映でやってるとなんか観たくなってしまう。劇場気分が味わいたいんだろうなー。
しかしさすがに一生分くらいはもう観てるので、どのタイミングでデフォー=エリアスが出てくるか把握してるのはいかがなものか(効率的だけど)。
そんで、最近イエスネタに事欠かなかったら、デフォーが妙に懐かしくなって、小説版も買い直してしまったのですが、禿しくどうでもいい無駄カットを残すくらいなら、激戦前夜のデフォー&主人公の会話をきっちり入れてくれた方が3億倍くらいは深い映画になったのに、と思うのでした。
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しかしラストのキャスト紹介を見る度、私は一時期このブラボー小隊の面子を全員把握していて、どこでバニーが死んでどこでロドリゲスが…とかいちいち覚えていたなーとか、かつて無駄に使ってしまった記憶力のことを思い出します。
んで、きっと今記憶力がまるでないのは、あの頃ブラボー小隊のメンバー(趣味含め)を把握し過ぎたからだと思いました。


ちなみに最初の方で私が非常に口惜しがってる「激戦前夜の会話」ですが、多分これが入ってもいわゆる「戦争映画」としては出来がいいとは決して言えないですよね。アメリカンセンチメンタル映画。もしくは戦場に名を借りた善悪の寓話(とか冷静に言えるようになった私は少しは大人になったと思う笑)。

戦争を曲がりなりにも「ジャーナリスティックに扱う」とか謳うからには、センチメンタリズムは必要無い。と思う。たとえば個々の登場人物のセンチメンタリズムが砕けていく様であるならまだしも。
なので最後のシーンの主人公=チャーリー・シーンの独白はアメリカ的善意に基く押し付けがましいセンチメンタリズムにしか見えず(正直ウザい)、多分この映画が戦争映画と呼べないと思う理由は、最初から最後まで主人公のセンチメンタル視点の中で繰り広げられている戦場=地獄だからなんじゃないかと思う。


だけどデフォーはやっぱかっこよかったヨ★
続けて『最後の誘惑』観たくなってしまった。
デフォーといえば、『Faraway,so close』や『ルル・オン・ザ・ブリッジ』とかで人の心を試すスーツ姿の天使(堕天使?)として何げに出てて、思い出す度びっくりするんだよね笑。
あの善意とも悪意とも取れない魅惑的な笑みで試されるのは、けっこう平常心で何を試されてるのか見極められない危険な罠な気がするなー(一般的に悪人顔と言われる顔が好きらしく)。そういう意味ではレギュラー兵士でありながら善を試みる男、人間臭いイエス、危険な天使、という役回りはすごく似合ってる役なんだろうなーと。

ちなみに彼は役をどうやら選んでない感じもあるので、見てらんない役で出てるやつは見ないことにしています。
posted by deco at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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