2006年08月17日

トマス・エドワード・ロレンス

確か昨日か今日があのお調子者の誕生日だったかと。やつが中東に対して果たした役割は確かにそれなりに大きなものがあったのだろうけど、そもそも一人の人間が歴史に及ぼす影響なんて高が知れているし、あの地域での独立戦争はやつの参戦によるものでもないし、それ以前からずっと争いはあの地に積み重ねられていた。
私とやつとの差は果てしなく大きくて、おそらく重なりあう部分の方が見つけるの大変なんだろうけど、やつをあの地に関与せざるを得ない気持ちにさせる何かが、あの地にはあったのだろうと私は思う。そう思ったり、唐突にやつと自分との差分を思ったりするのは、やはり私がどうしてもあの地に寄せる関心が断ち切れないからだ。

「あの地」と纏めて言うのは本当に間違っているし、自分でも辟易するほどの甘ったるいロマンティシズムに過ぎないとはわかっているけれど、カペルナウムの遺跡(イエスが拠点にしていたという、ガリラヤ湖畔にある町の跡地です)や、マサダの遺跡に立ち、死海に浮いて彼方のヨルダンの岸辺を見た時、私はとてつもない安らぎと喜びを感じていた。
イスラエルの地が住む場所として最も快適だとしても、そこに吹く風のにおいや照射される光の色や熱は、あの地一帯でそう大きく異なることはないだろう。
ああ、あの頃、奇跡的に平和だったあの頃に、見たかった風景は全部見てまわればよかった。今じゃもう破壊されて無くなってしまったものも多いだろうし(街並みとかも含めてね)、今頃あの地に行きたいと思ったところで、語学やあの地の世情に通じていない上、女である私は、ただの馬鹿な日本人ということになってしまうだろう。

でも、私はあの地をとても馴染み深いものとして知っていた、ような気がする(これはある種のオカルティズムだと受け取られても仕方ない)。

イスラエルとレバノンは一応停戦の方向に進んだけれども、イラクからは自衛隊の撤退が行われているけれども、だからといってあの地に休息が訪れたわけじゃない。



いや、単にやつの誕生日を想ってちょっと感傷的になってるだけです。
ちなみにくまちゃんの誕生日って、うちに来た日を目安に決めるしかないんですが、造られて店に並んでからうちにくるまで約数ヶ月と考えて、デコポソの誕生日は8月ということになりました。昨日だか今日だかのあたりに日を決めたのは、お調子者という共通点があるからです。
というかやつの誕生日に合わせて誕生日を決めたから、デコポソはあんな性格になってしまったのかもしれん。

posted by deco at 23:57| Comment(2) | TrackBack(0) | エセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
確か英国の田舎のお城でマロリーの古写本が発見されたとのニュースを聞いて、オートバイで駆けつけようとして事故死したんですよね。かっこいいじゃないですか。こちとら近所の本屋にマンガ買いに行って事故死しそうでいけません。
Posted by E-3PO at 2006年08月18日 00:15
神坂智子さんの漫画では、「ヒトラー台頭の件についてチャーチルに直談判しに出かけたら、肉屋が進行方向に飛び出してきたので、よけようとしたところ木の枝にクリーンヒットしてシボンヌ」でした笑。
個人的には古写本につられて事故死の方がアホっぽくて好きです。

>近所の本屋にマンガ買いに行って事故死
かっこいいと思うんですが駄目ですか(しかもそのマンガがすごいヲタ系とかで報道されたくないようなものだと、更に漢度が上がるかと)?
Posted by deco at 2006年08月19日 22:43
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