2007年07月16日

「道」ばっか聴いてて他の曲が覚えられない件について◇やさい新譜『CHELSEA』

正直思うんだけど、「浅井健一」という名義で活動中&ライブツアー中のやさいなわけだけど、今の面子でステージに立ってる以上、その3人じゃなきゃ出せない何か、を特に持っていないバンドっていうのはどうなんだろう。
その物凄くでかい反証になっているのが、皮肉にもアルバム盤の音だと思う。『Jhonny Hell』では、音源的には半分以上Sherbets構成だったし、今回の2枚同時発売の片方『CHELSEA』では、個人的にマジでラヴな福士久美子さんがコーラス&キーボードで参加してたりして、特にいいな、と思う曲は、福士さん参加で、彼女じゃなきゃ出せない音と声で、曲を美しく完成させている。
Sherbetsが冬眠から覚めるという噂も聞いたので、とりあえず喜んでいるし、「浅井健一」名義の現在のやさいの活動でも、いい曲を何曲も作ってると思うけれど、でもそれはあくまでやさいのアベレージであって、バンドメンバーによるプラスアルファが何かあるようにはどうしても思えない。それは、たとえばライブで『道』を演ってくれるのは嬉しいことだけど、でもそこでやさいの声と絡み合って伸びて行くコーラスは、福士さんの声じゃない。そして、「そもそも絡み合って伸びてゆけるのか」という非常に低レベルのところで不安と割り切りのようなものがある。

かつてすごい認められなかった『JUDE』は、知らないうちに私の中では独自の色を持つようになっていて、今じゃ池畑さんのパワフルなドラムと地獄の雄叫びとベースがない「DEVIL」なんか「DEVIL」じゃない!って思ってしまう。



今回ラスト付近に収められてる「道」は、希望と行く先の見えなさを同時に感じさせ、しかもドラマティックな傑作だと思うけど、それで余りに素晴らしすぎるので、そればっかループして聴いちゃうのだけど、それがツアーメンバーによるプラスアルファによって素晴らしくなったわけじゃないところは、真面目に問題なんじゃないかな、と思う。

やさい自身はどう思ってるんだろ。
posted by deco at 06:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 浅井健一関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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