2007年10月19日

10/14 Sparkling Head Tour@渋谷AX◆浅井健一ソロツアー最終日

★やさいさんのことを書くのは(つか纏まったエントリするの自体)久々なので、この辺で説明入れときます(笑)。
やさい=浅井健一さんのこと。昔、元BJCのメンバー、中村達也氏との初対面の時に自己紹介をしたら、「浅井→やさい」と聴き間違えられたという逸話があるらしい。
普通はみんな「ベンジー」って呼ぶんだけど、この「やさい」って呼称がえらく気に入って個人的にそう呼んでたら、なんかもう「ベンジー」って呼ぶの、照れくさくてできなくなっちゃった笑。別に茶化して呼んでるわけではなくて、私的には愛情と敬意を込めて、でも「やさい」呼び(だって響きが愛らしいんだもん!)。

ずいぶん遅れましたが、14日のAX、ツアーラストに逝ってきました。
セットリストはやさい仲間で黒梨花萌えの友人が作ったものをお借りしました(セットリスト覚えてられる人ってすごいと思う!)


★SETLIST★


DEVIL
DEAD ROCK STAR
原爆とミルクシェイク
RUSH
Jellybean Happiness Club
Dark Cherry
危険すぎる
ボニー
サンタが家にやって来て
Night Club
ペピン
Green Jelly


コヨーテ
(インスト)
明日
Super Tonga Party
WAY
リトルリンダ
FIXER
Grape Juice II
SKUNK
Homesick Baby Blues


宇宙の果て
Hello
ICE CANDY


HEY HEY YOU YOU
チキチータブーツ
.
.
たいていツアーラストはAX二日間なんだけど、二日逝けたことは滅多にない。今回なんかはすごい予定が見えなくて、しかもFCチケ申し込みの日を忘れて過ごし、「ああああああああ!」とか思ってたら、友達が2枚取ってたので行けました。
予定的には翌々日に締め切りだったりして、仮に二日取れても片方行けなかったんだろうなー、っていうか、この日も行って大丈夫なんだろうか私、とか思いつつの参加だったのですが、私にはいい加減生やさいが必要な状態だったので、その後がんばればいいか、ということで参戦。

今回は(自分の中では)イギリス少女系のクラシックロリで参戦したのですが(外出の機会が少ないんだよ!)、なんでもAXの二日間では、ロリ狩りが行われていたそうです。「粘着がロリの人をロクオン→ミク内で更にロクオン→にちゃん晒し祭り→会場内でコテロリを発見したらボコろう」という流れだったそうですが、詳細はよく知りません。とりあえず後でやさい仲間の人たちに「気をつけなよ」とか言われましたが(笑)、実際、途中煙草休憩にロビーに出たら、コテロリの子がロビーで泣きじゃくってました。ボコられて歯を折られたらしい、とかいう噂を後で聞きました(あくまで噂ですが)。

なんでもやさいライブにロリは場違いとか、煩いとかいうことから始まった一部の人間によるリンチのようですが、個人的にはやさいファンの中でそんな醜い争いが起きるのはもの凄く腹立たしいことだと思います。似たような体力の人間同士で個人的に喧嘩が起きるならまだしも、モッシュに紛れて集団で(組織立ったものなのかは知りませんが)攻撃ってどうなの?
正直煩い奴とか空気読まないベンジーコールする奴とかは確かにいるけど、服装に関して言えば、そもそもやさいライブってわりとみんな好きずきな格好で参戦してるし、仕事帰りらしきスーツの人だっている。私はそういう一見雑多な人たちが「やさいの音楽が好き」というたった一つの共通の気持ちでそこに集っている光景はすごく好きだ。すごく、やさいの音楽世界と通じているものを感じる。

私が知りたいのは、その女の子を攻撃した奴らは、相手がどんな奴でも、まずは集団じゃなくて個人で叩いたりできるんだろうか。暗闇に紛れて殴ったりせず、正面から攻撃できるのだろうか。私はその辺をもの凄く卑劣に感じます。ファンとして腹が立つし哀しいし恥ずかしいです。
(そういう行為はやめれ、と主張したいだけなので、過去ログをほじくり返すなど、被害者に追い打ちをかけるような真似はしないで下さいネ)

やさいだってきっと、そんなの喜ばないと思う。



と、辛気くさい話で始めてしまいましたが。
スタートは、ツアー初めの頃では巻き舌過ぎなのが気になった「池」。
なんていうか、第一声から、この日のやさいはすごい調子いいんだ、ってわかった。声がすごく綺麗に出ていて、歌い方も素直になってて、だけどちゃんとこの曲が抱える感情がきちんと伝わってきた。何より、最初の息継ぎの音もしっかり聞こえたのですが、その息継ぎがすごいきれいで、やさいツアーでそんなものを聞けたのは多分初めてに近かったんじゃないかと思うのだけど、鳥肌立ちました。
本当にやさいソロバンドの音として磨き上げられた上、ベストに近いコンディションのステージに立ち会えてるんだ、って思いました。

やさいライブの曲順って、すごく連続性を感じるですよ。だから、途中で熱気負けして煙草休憩にロビーに出ても、漏れ聞こえてくる音が続いている感じがすごく気持ちがいい。喚起される感情もずっと繋がっていくから、時折扉が開いて音が大きくなったり、防音設備が施された壁の向こうからかすかに聞こえる音を追ったりするのも、とても贅沢な楽しみの一つに感じられます。そんな自由な楽しみ方を許してくれる大きさが、やさいの音楽世界にはあるように思います。

そして、静かな勇気を私に与えてくれます。

前のエントリでも引用したけど、友人に教えてもらったインタビュー記事で、やさいは「静かな曲で場を圧倒したい」といったことを言っていました。やさいの楽曲は、全般的にどんどん内向きというか、夾雑物を取り除き、本質的な何ものかになっていっているように感じます。聴き込んでいて思ったのですが、Sherbetsの楽曲に近い『CHELSEA』は、実際に静謐でありながら、一つ一つに力強さや、愛情と哀しみが同時に歌われているような豊かな感情の幅を感じます。ライブでの静かな楽曲は、確かに聴かせる迫力に満ちていました。ミュージシャンにとって、ライブで一番消耗するのはノリノリの曲より静か系の曲だと聞きますが、むしろ観客を消耗させる暇など与えてくれないような、静かな迫力が空気を圧倒していました。「やさい、インタビューで言ってた目標、クリアしてるじゃん」って、涙目になりながら思いました。

当初は微妙に馴染めなかったもう一枚の『Rod Snake Shock Service』の方も、ただパワフルだったりしてるわけじゃなくて、色鮮やかな物語世界に魅了されてます。
そして、アルバム『Rod Snake Shock Service』より完成度を増した音の中を半分酸欠状態でゆらゆらしながら(すごい人大杉でね…)、思ったのでした。

やさいの声は、ひとつの楽器みたいだ。
そして、決して朗々としているわけではない(笑)声質のやさいの歌声は、全ての音の中で浮き上がりながら、音たちを支配している。

ステージ上で歌うやさいは美しいと、以前からずっと思っていました。それは、全身を楽器として音の世界と一体になっているように見える姿が、本当に美しいと感じたのだろうな、と思いました。そして、一つ一つの音をとても大切に、互いに相殺し合うことないよう編まれたやさいバンドの楽曲は、やさいの声を最後の要として完成しているんだな、と改めて思いました。
陳腐な表現ですが、やさいライブでいつも勇気をもらってくる私ですが、今回はDVD化するらしく、通常の時間を大幅に超えて、30曲も披露してくれました。そのぶん疲れたけど、充実したいいライブでした。

やさいがくれる勇気というのは、安直な応援歌ではなく、強くしなやかであることを呼びかけ、決意を新たにさせてくれる、そんな勇気です。厳しくて、優しい。
ほとんど唯一に近いMCで言う「みんな今日はありがとね」の口調のように。


日常を過ごしていると、色々と何だよと思うような微妙な精神攻撃を喰らうことは普通にありますが、 やさいの歌声が脳裏に流れている間は、そんなの放置に限る、とか思えます。 そんなもんじゃ私に留めは刺せないし、留めを刺せないような攻撃なんぞでいちいち傷ついたり落ち込んだりしているのは弱すぎる、と思えます。
多分私の道は結構ハードで(競合者過多な上、自分の趣味趣向とか考え方があらゆる意味でマイノリティらしいから)、氏にたくなるようなハードルも、今後もいっぱい喰らうだろうな、と思います。でも、まだ戦う気がある限り、そんなハードルも、傷ついたハートを小脇に抱えて乗り越えていく(笑)構えじゃないといかんのだ、と思うのです。
とか、青くせー所信表明みたいのを書いてるあたり、結構喰らってるな自分、って感じですが(笑)。 なんつうか、「自分は弱い」って言葉は言ったもん勝ちだよな、とつくづく思う。間違っても羨ましいとは思わないけど、その浅ましさに体力削られる。


同じように言ったもん勝ちつうことで、私は思うことにしました。
表現ジャンルは違うけど、私は魂の部分でやさいの後継者になるべく、あがくだけあがいておきたいと、強く願います。表現することがスリリングで楽しいことだって気持ちをいつも持って、できれば自分が感じた感情を、受け止めてくれた誰かたちと分け合いたいし、それがこの世界の哀しみをほんのひとかけらでも無くすことができたらいいな、と思ってます。 やさいの歌が私を何度も救ってくれているように。
私にとってやさいはそういう存在で、同時代に同じ言語を母語とした環境で行き会うことができたことを、本当に僥倖だと思ってます。やさいが歌い続ける限り、私も出来ることを楽しく必死でやり続けなきゃ、やさいと出会えた意味がない、と思うのです。

直接ではないけど、要約するとつまりはそんなような内容の事柄を、大学時代の友人と先日話したのでした(友人は特にやさいファンではないのだけど)。そもそもはみ出しっ子で、やりたいことに関してワガママだってことを忘れがちになった時、私たちは弱るってことを、二人して再確認した感じでした。

そうしたら、やさいのライブでそれを後押しされてしまった、そんな感じ。

あー逆境も精々楽しんだりしてがんがろー。
明日世界が終わったとしても哀しまないように。





posted by deco at 23:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 浅井健一関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
一日目は後ろからやられたらしいです。ロリちゃん。
でも笑顔で二日目もいて、私もリキッド以来にあったし、また親子でいたから挨拶行ったらそんな話聞いた。
何かいつもと変わらない彼女が二日目もトイレで血吐いてたとか聞いて可哀想なんて言葉じゃすまない、なんかベンジーがただ好きなだけって純粋な気持ちがワケわかんない奴に踏みにじられて悔しいってか何と言うか…
言葉にならない。
私は二列目で遮るものなく堪能してたから気づかず。。近くにいたら助けてあげたかった。
私は野菜もやさいも生きる糧です。なくなったらどうなるかわからない自信がある。
そんな自信あってもダメだけどね。DVDが楽しみ♪
また飲みに行きましょう!
Posted by SKUNK at 2007年10月20日 23:25
ご本人にとっても、余り大事になるのもどうかとは思ったのですが、私もやさいさんのライブは「浅井健一」という世界を好きという気持ちだけでいろんな人が集える場所だと思っています。
誰もがそこにいることを許され、幸せな気持ちになれる場所だと思ってます。

なので、服装だの人種だのがどうの、という理由で、ファン同士で迫害や暴行事件が起きるのは、同じファンとして本当に恥ずかしいことだと思ってます。


この事件が広まったり誰が被害者だったり、ということを特定周知したいとは全く思いませんし、真相を知っているというわけでもありませんが、もしそうした行為をした人がいるなら、言いたいです。

あなたもやさいの音楽に触れて、自分の居場所を見つけられた1人ではないんですか、と。


ライブ自体は死ぬ程素晴らしかったのに、結局この件に熱く触れずにはいられませんでした。ちょい恥ずかしいですorz
私もこの日のDVD楽しみ〜。
Posted by deco at 2007年11月28日 05:06
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