2008年03月20日

売れた…けどちょっと哀しい

アンティークシール

少し物の数を減らそうと思って、もう着ない服とか優先度の低いコレクションとかをオク出ししてるんですが(コレクターだから放っておくと物が無限に増えてくの…)、中世のシール(インタリオ入り)が売れて行きました。
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懇意にさせて頂いているディーラー様たちのご厚意で、本当に凄いものの数々を見るうちに、価格なりかとか本当に特別な品かとか、わずかに見る目が養われてきたような実感を感じる時が時々あるようになってきたのですが、それと愛着が湧くか湧かないかはまた別物のようです。

本当に凄いものでそれが理解できても、さほど興味や所有欲(笑)を掻き立てられないものもあれば、それほど特別なものではないとわかっていても、何だか愛着が湧くものもあったりして、アンティークに対する金額というのは、「その品がその相対的な価値に対して妥当かどうか」という見極めの上で、結局は「自分がそれをその価格で買う気になるかどうか」にかかってくるような気がします。

だって相対的にも本当に希少で時代性を考えるとミントコンディションでも、関心が無い人にとってはただの小さな石だったりボロ布だったりするもんね笑。


このシールは、一目惚れしたものの、さほど特別な品ではない、ということは承知の上で購入しました。アンティークについては基本的に目が甘くなるので笑、そもそもほとんど興味が無いエドワーディアンの現代的で小綺麗なジュエリー(といってもほんとに良質なものは、技術がマジ精緻ですごいんですお)以外には、購入に際してそれほど厳密に特別性を求めてませんでした。といってもマジ特別なものはやっぱりオーラが違うんだけど笑。

その結果、物がやたら増えてしまった自戒を込めての整理だったのですが…
なんだかんだいって、愛着がある品が手許を離れて行くのは寂しいです。
いつかは厳選して残した品も手放さなければならない時は来るし、その時にも同じことを思うと思うんですが、次の人の手に渡ったあとも、大事にされてほしいです。

せっかく長い年月を耐えて今日まで残ってきたんだから。

アンティークに触れる時、私はそのことに一番深い感動を覚えます。
だから、コレクターとしての私の使命は、今自分の手許にあるアンティークを責任をもって次の人の手にバトンタッチしてやることだと思ってます。
うん。
だから、私が事故死寸前とかそういう極限状態じゃなくて、普通の生活の中で次の人に手渡せるというのは、ある意味、物に対しては良いことなのかもしれません。
…そんなふうに思わないと人様に物を譲り渡せない、物に執着の強い私です。

いや、何しろコレクター体質だからね。あハ。
posted by deco at 01:45| Comment(0) | TrackBack(0) | アンティーク関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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